私は「人付き合い」が得意ではない方の人間ですが、私の中で「今」の「自分」をメインに据えて生きるよう心掛けていたら、気付いたら何となく生きやすくなってきました。
「今」の「自分」を大切にしてあげようと思いました
私は毒親育ちで、毒親育ちによくある「自己犠牲」と言う特徴があって、自分の都合や、自分の気持ちや考えよりも、他人を優先してしまっていました。(過去記事⇩「私の毒親育ちの特徴」参照)
だから昔の私は、無自覚で他人に振り回されて~心身共に苦しくなって~疲弊して~を繰り返してしまい、そんな自分に気付いたのは、30代の半ば頃でした。(遅っ…笑)
そして、気付いた時はなんだかとても自分の周りにいる人たちにガッカリしてしまったんです。
でもね、そうなってしまったのは他人のせいばかりじゃなくて、毒親育ちの特徴による自分のせいでもあったよなと、50代になった私は自分で自分のそういうところを認めたうえで、ひとまず「今」の「自分」を大切にしてあげようと思いました。
そして、無理なことは無理、嫌なことは嫌とちゃんと伝えることを心がけようと決めました。
「今の自分を自分が蔑ろにして、誰が自分を大切にしてくれるんじゃぁぁぁ~?!」ってことですね。笑
「年賀状じまい」をして良かったと感じています
そんな私は、50代に入ったのを機に年賀状じまいをしました。
年賀状じまいをした結果、正直、最初はちょっぴり寂しく感じる部分もあったんですね。(過去記事⇩「年賀状じまいをした理由」参照)
でも、年賀状じまいをしてから3年経って、今は何となく「私は年賀状じまいをして良かったんだなぁ~」と感じています。
それは、年賀状を書いたり出したりする面倒くさい作業が無くなって楽だわ~♪とかそーゆーことじゃなくて(笑)、心がザワつかなくなったからなんですね。
年賀状をずっと出されている方の中には「普段は会えないからこそ、せめて年賀状でだけでも。」と言う方がいて、大切なご縁を大切にし続けるのも素敵ですしね、私も「それもそうなのよねぇ~」と思うところがあったからこそ、ずっと「年賀状じまいどうしようかな?」と迷ってなかなか実行できませんでした。
だけど私も50代に入りふと気づけば、もう20年も30年も会ってもいないし、たぶんこれからも会うことは無いだろうなと思いながらも毎年「お元気ですか?久しぶりに会いたいですね。」なんて言葉だけを年賀状で続けている人も少なくなくて、微妙な心境に・・・。
そこで私は、「今」の「私」を基準にして考えてみました。
例えば私が年賀状じまいをしたとして、切れるご縁はここで切れるだろうし、それでも続くご縁は続いてくれるだろうし、「今の私のご縁」を確認するためにも、年賀状じまいをしてみてもいいかなと思えたのです。
こうして年賀状じまいをしてから3年後の今、思った通り、私の人間関係は必然的にシンプルになり、心がザワつかなくなり、そして、今あるご縁をより感謝するようになりました。
「今」の「自分」を大切にしてあげることは大事
若い頃は、誰かのために頑張ってあげることも、自分より他人を優先していたことも、結果的には人生勉強になって、今の私の糧になってくれていると思えば、まあ、それはそれで必要なことだったのよねと思えます。
でも、私も50代になり、人生100年時代の半分を過ぎまして、残された時間には限りがあるなと感じるようになってきました。
だから、もうそろそろ誰かのためよりも「今」の「自分」をメインに据えて生きていいよね?と思えるようになって。
今あるご縁を大切にして、今味わえる季節の美味しいものを食べるようにして、今やっている行ってみたいなと思ったイベントなどがあったらせっかくだから足を運んでみる。
そうやって過ごしているうちに、気付いたら何となく、前より生きやすくなってきたような気がします。
50代にして初めて「今」の「自分」を大切にしてあげるとちょっと幸せでちょっと楽しくなるんだな、と気付いた今日この頃です。





コメント