東日本大震災の手記と、さらば無敵のモスバーガー!

【日々の暮らし】

ちょっと前に、家の近所のモスバーガーが閉店しました。

そして、看板の撤去作業中にたまたま店の前を通りかかった私は、15年前の東日本大震災のことを思い出したのでした。

 

東日本大震災の当日(当時の私の手記)

15年前の3月11日。

仕事中に震度5強~震度6弱の地震発生。

建物の中は倒れたり落ちてくる物があまりにも多かったため、咄嗟に仕事仲間のIさんと一緒に外に出て、揺れがおさまるのを待ちながらケータイで夫に電話をかけてみたけど、もうすでに電話はつながらず。

すぐに上司が上の階から降りて来て無事を確認してから、「お家の方が心配でしょうから、すぐに帰宅していただいていいですよ!」とのことで、地震からわずか10分後の午後3時前には自転車をぶっ飛ばして家路を急ぐ。(上司の判断の早さに感謝!)

帰宅途中、外壁が落ちたりガラスが割れたりしたビルがあり、心臓がドキドキ・・・

無事に家に辿り着き、愛犬の名前を呼びながら急いで家に入ると、リビングでも和室でもなく台所の片隅でガタガタ振るえながら「ヒィ〜ン・・・」と鼻をならして怯えている愛犬を発見。

急いで抱き上げしばらく落ち着くまで抱っこしていましたが、マンションの構造上、家の中の揺れは相当だったと思われ、なかなか震えが止らず。

愛犬をなだめながら、夫にはケータイの災害用伝言板にメッセージを入れ。

横浜の実家とは家電から家電に電話がつながり、両親の無事を確認。

程なくして、家電から夫のケータイに何とか電話が繋がり、無事を確認。

そして夫は、しばらく余震の様子を見てから、そのまま会社に留まって一晩過ごすか、歩いて帰宅するか判断するとのこと。

夫の無事を確認してから、高知に暮らすお義母さんに電話を入れてみたものの電話は混線していて通じなくて、お義母さんのケータイに夫の無事を知らせるメールをセンターに蓄積させておいて知らせる。

余震が続く中、愛犬の震えが止まらなくて可哀そうなので、外に連れ出して少し歩かせ落ち着かせる。(散歩で緊張が少し解けてホッとしたのか、山盛りウンチョス君を2回も!笑)

19時頃、夫が同じ方面に家がある会社の人数人とチームを組んで、会社から配られた非常食と水とヘルメットを携えて、歩いて帰宅すると報告を受ける。

愛犬と外に出た時に近所のスーパーが幸いにも営業を続けてくれているのを確認したので、水やパッと食べられるようなパンやインスタント食品などを少し買いに行ったが、既に品薄になっていてさほど買える物もなくて、びっくり。

しばらくして夫から「歩いて帰宅途中、〇〇線が運転再開したので、今、〇〇駅です」とメールが届き、なんとか22時頃に無事帰宅できてホッとした。

でも、父の実家であり本家は、大震災で一番最初に大きな津波に襲われた、福島県相馬市。

しかも、家は海から徒歩1分のところにあり、本家には父の兄夫婦が、その近所には父の姉や妹家族の家もあって、父は親戚に何度も電話をかけていたけど、やっぱり連絡がつくはずもなく。

ニュースの映像からは、壊滅した相馬市の様子が。

父の実家(建物)は、きっともう無理だと思いつつ、親戚の命だけは何とか助かっていて欲しいと願うしかなかった。

(震災から10日以上経って、避難所に避難していた親戚が公衆電話から父に電話してきて、家は津波に飲み込まれてしまったが、親戚一同無事だと知る。)

 

無敵のモスバーガー

震災後、平常時のように欲しい物や食べたい物が簡単に手に入る状況ではなかったですし、飲食店も一時的に閉めてしまっている店も多く、駅前へ行っても灯りが少なくて暗くて、世の中が非常事態なんだなと実感させられる景色でもありました。

そんな中、私が職場に向かって自転車を走らせている途中、家の近所のモスバーガーにお客さんが入っていくのが見えました。

あれ?まさか営業してる?

驚いて、仕事帰りに再びモスバーガーの前を通って店内を覗いてみたら、いつもとなんら変わらず穏やかに営業中でした。

スーパーやファミレスまでも品薄で営業もままならなくなっていると言うのに。

仕事先の会社だって、停電騒ぎでバタバタしていると言うのに。

みんな通勤通学も困難になっていて右往左往していると言うのに。

まさに、無敵のモスバーガー!って感じでしたね。

非常事態だからこそ、いつもと変わらないその光景に余計に惹かれて、その日の晩ご飯はモスバーガーで調達して帰りました。

あの時のモスバーガーくれた変わらぬ美味しさと安心感、何気にめっちゃありがたかったんだよなぁ。

その家の近所のモスバーガーがついに閉店。

あの日の事を思い出しつつ、ちょっと寂しい気分です。

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