今のご時世、とかく多様性を重視するようになってきて、人間関係でも人それぞれが尊重されるようになってきたってことは、私が子供の頃の時代には無かった自由が今はある、と言うことでもあると思うんですよね。
この日本と言う国でも、良くも悪くもではありますが、窮屈さみたいなものが薄れてきたなぁと感じますし。
と言うことはですよ、友人関係も一昔前は「類は友を呼ぶ」で似た物同士が自然と集まって仲良くなって、そうやって仲良くなった人ほど親友になれる、みたいな感じで言われてましたけど、今は多様性ってことだから、似た者同士で集まって仲良くするよりも、むしろ自分とは違ったり真逆みたいな人といかに認め合って知り合いになっていくかの方が大事、ってことになるのかな?(おばさんの憶測)
そうなると結婚相手とかも、価値観や性格が違う夫婦でもむしろお互いを高めあえて良い、ってことになるのかな?(おばさんの憶測)
多様性・・・多様性・・・なかなかに難しく奥深い・・・
ちなみに私が結婚した頃は、価値観とか感性とかが似ている夫婦の方が上手くいく、みたいに言われていましたね。
例えば、笑いのツボが似ているとか、食事や味の好みが似ているとか、金銭感覚が近いとか。
で、多様性が求められる今のご時世にこんなことを言うのもなんですが、私たち夫婦はけっこう価値観や感性は似ている方で、似たもの夫婦だと思います。
日々の暮らしの中で、見たいと思うテレビ番組が一緒で、同じような場面でガハハッと笑って、食事や味の好みの違いで苦労したことはたぶん全くと言って良いほど無いです。
そして、これはちょっとまずかったと思いますが(^^;金銭感覚も似ていたもんですから、お互い家計管理をせずに「お金は貯まらないけど、借金したり誰かに迷惑をかけたりもせずに暮らせてるんだから、まあ~いいっしょ!」と、呑気なものでした。
良くも悪くも自分の「当たり前」がそのまま通用して暮らせている、って感じですかね。
当たり前が当たり前、改めて考えてみると、楽だよなぁ~って思ってみたり。
ただ、似たもの夫婦で1つ難点があるとすれば、「バレる」ですかね。
似ているからこそ、お互いのことが分かることも少なくなくて、ちょっとしたことでもバレるのです。
昨晩も、私は台所に立って「おかずはコレと。あともう1品くらい作った方がいいよなぁ。何を作ろうか?作るの面倒くさいなぁ・・・」と思いながら、少しだけ残っていた豚挽き肉と小松菜1束をフライパンでザッと炒めてマキシマムをザッとふりかけただけの、本当に適当なおかずを1品作りました。
そして食卓に出したその適当なおかずを見て、夫が
「なにこの、適当に作った感じのおかず~~~( *´艸`)何かもう1品作らなきゃ~って思って作ったんでしょ?」
と言って笑い出したのです。
バ、バレた・・・(--;
「なんかさ…人が適当に作ったおかずを改めて『適当に作った感じ~』とか言わなくても良くない?ねえ、酷くない?(--;」
と異議申し立てをしてみたものの
「だって、ホンマやし(笑)適当だから適当って言っただけやし~( *´艸`)」
笑い続ける夫。
まあね、確かに、本当に適当に作ったからな・・・「バレちゃぁ、しょうがねぇ…」
思わず私もムフムフと笑って、良くも悪くも、似た者夫婦です。
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