今日は、数ある毒親の特徴の中の1つである「外面が良い」について書きたいと思います。
毒親である私の母は、家の中ではいつも不機嫌で理不尽の塊のような人でしたが、一歩外へ出ると家の中の何倍も外面が良く、誰からも「本当に良い人」と思われていたので、私はそんな母の態度に振り回されて生きてきました。
そんな毒親である母との暮らしで私が経験した話を交えながら今日も書いてみたいと思います。
Contents
外面が良い理由
はっきり言って、母の容姿はたぶんちょっと可愛いです。
目がぱっちりしていて、鼻すじもそこそこ通っていて、小柄で細くて、祖母から聞いた話では、母が赤ん坊だった頃は近所の子供たちが「かわいい赤ちゃん見せて~」と母を見に来たのだとか。
ちなみに私は、父に激似。
父には申し訳ないけど、はい、残念!って感じ。笑
そんなビジュアルの母がニコニコと朗らかに人と接するのですから、よそ様からの母の評判は「優しそうなお母さんね。」「お母さんとっても良い人ね。」「優しいお母さんで良かったね。」となるわけです。
でもそれは母本来の性格では断じてなくて、母は家の中より何倍も外面が良いのです。
理由は、毒親は「対面をもの凄く気にする」からです。
人に自分がどう見られるか、見られているかをかなり気にします。
その外面の良さは、母の本性を知っている私から見れば、違和感でしかありませんでした。
家の中では王様
そして、その外面の良さの反動が、家の中に跳ね返ってきていたのではないかと思います。
外では良い人でいるために、あちこちに神経を張り巡らせて気を張って、とても疲れるのでしょう。
そのぶん家の中では「家族だから」と言う理由で、家族には何の遠慮も配慮もしないばかりか、「この家の中では自分だけが正しい」と思って暮らしているようでした。
そして、「親に学校に行かせてもらって家に住まわせてもらっている以上は親の言うことに従え」と言うルールの家庭だったので、大人2人子供1人の家庭の中では、つまり、子供の私は圧倒的に生きずらい家庭でした。
母と私は、親子ではなくて、気持ち的には王様と家来でした。
母の言動は、母の気分次第で日々時々刻々と変わります。
王様だから、命令は王様が決め放題だし。
王様の気分次第で、命令をコロコロ変えても良いし。
王様なので自分が言うことは全て正しいと信じて疑っていなかったです。
なので、母の言っている事とやっている事が全然違うなんてことは日常的でしたし、他の人は良くても私はダメみたいな理不尽なことも度々でした。
毒親育ちの気持ち
そんなある日、母が歯のインプラントの手術をするため、大学病院に1週間ほど入院することになりました。
毎日母の負のオーラをぶつけられながら暮らしていた私や、たぶん父も、母が家にいない1週間はつかのまの自由時間みたいなもので、ガミガミ言われたり、嫌味をねちねちと言われたり、意地悪をされたりすることもなく、何の問題も無くのんびりと1週間を過ごしたのでした。
そして1週間後、母が帰宅と同時に家の中が緊張で張りつめた空気に戻ったのを覚えています。
ただ、そんな緊張で張りつめる私や父をよそに、母は退院後、ちょっと上機嫌でした。
なぜなら、入院中に同部屋になった人と仲良く過ごしたからでした。
母が上機嫌で話していた話を要約すると、
- 同部屋になった女の子(おそらく私より少しだけ年上)と仲良くなって
- 母が彼女に頼られて相談されて
- 彼女は離婚したばかりで、まだ先のことが決まっていなくてこれからどうしようかなって考えているんです~
だそうで、母は自分に相談をして頼ってくれた彼女のことを、まるで自分の娘か親戚の子のように心配しているような口ぶりで話し
「でもあなたはまだ若いから、これからどうとでも出来るわよ。大丈夫よ!頑張ってね、応援してるわ!って言ってあげたのよ。」
だそうです。
このように、母は他人に対しては人当たりが良くて優しいのです。
でもその話を聞いて、実の娘の私は、こう思いました。
- 私と年齢の近いであろうその彼女は、幾つでご結婚されたんだろう?
- もしも私が今結婚すると言ったとしても、母は許さないだろうし
- でも彼女がその若さでご結婚されていたことは、別に問題ではないのね
- 離婚の理由は人それぞれ色々あると思うので、私は人生の中の選択肢の1つとして結婚も離婚もありだと思いますが、もしも私が結婚して離婚したとしたら、母は「それ見たことか」と娘をののしり罵倒するだろうに
- 相談に乗ってあげた彼女には、優しい言葉をかけて、応援してあげるのね
- 実の娘には絶対にそんなこと言ってくれないだろうにね
毒親である母の外面の良さと言うものは、偽りの姿でどこまでも他人に優しく、実の娘にはどこまでも厳しく虚しさを植え付けるのです。
コメント