【本当にたたかったお嫁さま】その29.同じ親でありながら

・本当にたたかったお嫁さま

前回の【本当にたたかったお嫁さま】その28.「新生活のお買い物の夢と現実」では、

引っ越しの日程が決まったことで、やっと初めて少し新生活の買い物でもしておこうと思うことが出来た私は、仕事帰りに渋谷で途中下車しては、機能的で可愛くて素敵なキッチンツールや食器などを見て回りました。

でも、そうやって3~4日ほど色々見て回った結果、機能的で可愛くて素敵は、その分、しっっっかりとお値段に跳ね返ると言うことに気付いて、結局私は、実家近くのホームセンターやデパートなどで実用的でお手頃価格の物を見つけては少しずつ買い集めていきました。

そして、買い物と同時進行していたのが、両家の顔合わせをするためにカレのご両親に東京まで来ていただくための、飛行機やホテルの手配でした。

今日はそのへんのお話をしたいと思います(^^)

 

両家の顔合わせの日程は、2000年9月下旬の日曜日と決定していました。

この日程を決めたのは、私の両親です。

私の両親に日程の決定権をに丸投げして決めてもらった、と言うより、決めさせたのは、毒親である母にアレコレ言わせないためであり、後になって付け入る隙を与えないために、あえて両親に決めさせたのです。

この作戦が功を奏したのか、日程が決まって以降は母も特に何か面倒なことを言って来ることもなく、ただただ、毎日飽きもせず怒りをみなぎらせて私の存在自体を完全無視しながら過ごしていました。

でも、母がどんなに毎日怒りをみなぎらせていようと、どんなに私の存在を完全無視して過ごそうと、私とカレはかまわず結婚に向けての準備を進めました。

話し合いや相談が出来なくても、そうさせているのは断じて私たちではなく母の方でしたし、祝ってくれる気の無い人に祝ってもらおうと思ったところで所詮無理な話だと割り切っていたので、とりあえず両家の顔合わせの日程が決まっただけでも、準備を進めるには御の字でした。

 

こうして、なんとか日程が決まったので、カレのご両親には電話でカレから日程の連絡と飛行機やホテルの手配はこちらですることを伝えてもらいました。

でも、わざわざ東京まで来ていただくこと、日程をこちらで決めさせてもらったこと、私はカレのご両親にはお会いする前からずいぶんと申し訳なく思っていました。

正直に言うと、ちょっと勘ぐっていたんだと思います。

日程をこちらで決めてしまったことを、カレのご両親は不快に思われているんじゃないかな?

私の方から結婚の挨拶に行かずにカレのご両親に東京まで来ていただくこと、不躾なお願いだと思われているんじゃないかな?

私の親だったら絶対にそのように言ってくるはずなので、私は事前に最悪の状況を予測(勘ぐる)クセみたいなものが身に付いていたんですね。

初めてお会いする前から良くない印象を与えてしまっているのではと、内心、かなりびくびくしていたのです。

 

ところが、カレのご両親は「分かった!行くから!」と2つ返事で了承してくれたとのことで、その話をカレから聞いた時は、本当にホッとしましたね。

と同時に、あまりにも簡単に了承してくれるカレのご両親に「え?いいの?」と、ちょっと面喰ったりもしました。

こんなにも子供の選んだ道をすんなり受け止め、こんなにも子供の手かせ足かせにもならない親がいると言うことを、私は知らなかったからです。

子供の選ぶ道をいちいち反対して立ちはだかり、手かせ足かせになるのは子供を心配している親心なのよと、都合よく信じて疑わない毒親の元で育ちましたから。

私の両親というか母と、カレのご両親、同じ親でありながら、心の温かさとか優しさとか、素直にお祝いしてくれる気持ちとか、「こんなにも違うものなんだなぁ・・・」と、驚きと、ありがたさと、ショックのような気持ちが入り混じりました。

でも、私の両親のことが大変だった分、カレのご両親が手放しで喜んで了承してくれたことは、たぶん当時のカレ以上に私の方が心の支えになっていましたね。

こうしてカレのご両親には、両家の顔合わせ前日の土曜日の朝の飛行機のチケットと。

ホテルは、両家の顔合わせをする日本料理店が入っている渋谷駅に直結しているホテルを2泊で予約し。

帰りは、顔合わせ翌日の月曜日の飛行機のチケットを準備して、郵送で送らせていただきました。

これでいよいよ、両家の顔合わせの準備は整ったのでした。   ~ つづく ~

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