私が小学1年生の終わりから結婚して家を出るまで暮らした実家は、冗談抜きでスキー場の上級者コースばりの急な坂の上にありまして、その坂の下には古い神社があり、そんな位置関係から、実家の2階の私の部屋からは神社の巨木たちの緑が少し上から見えるため、まるで巨大なブロッコリーを見ているようでした。
その神社は、実家に引っ越してきた子供の頃にはもう既にかなり古くて、境内には木造で華美な色彩は一切ない質素な本堂と、手水舎や社務所などは無いのになぜか屋根と柱だけの床が抜け落ちている小さな舞台はあって、昔はそれなりにお参りに来る人で賑わっていた神社だったのかな?と思いましたが、普段はお参りするような人もいなかったですし、たまにホームレスの人が巨木に囲まれた本堂の軒下で寝ていたりして、お参りどころかほとんど人が寄り付かない神社でもありました。
そのような神社だったので、実際、町内会の子ども会の「肝試し」の場所に使われていましたし。(←プチ罰当たり?笑)
夏休みにラジオ体操をする場所になったこともあったのですが、普段は人が寄り付かない夏前の境内は雑草が生い茂ってラジオ体操どころの話では無かったので、夏休み前に親たちが蚊にボコボコに刺されながら総出で草むしりをしていて、それはそれは大変そうでした。
そして、夏休みが終わりラジオ体操が終わると、またその神社は誰も寄り付かなくなり、次の夏までひっそりとした場所になるのです。
そんな坂の下の神社でしたが、実は私、とても好きでした。
毒親育ちの私は、毒親の母のいる実家が息苦しくて怖くて仕方なかったので、学校や仕事の帰りに誰も寄り付かない静かなこの神社に1人で寄って、心を落ち着かせてお参りして、勇気をもらってから帰宅していました。
勇気をもらわないと家に帰れない程、追い詰められた日常だったのです。
そんな、私の人生で一番苦しかった時に心の支えになってくれたこの神社には、今でもとても感謝しているのです。
ところがです。
ふと思えば私、どんな神様が祀られているのかな?いつ頃建てられた神社なんだろう?この神社について何も知りませんでした(^^;
なので今更ですが、実家の坂の下の神社についてネットで少し調べてみまして、そして初めて知ることが出来たこの神社のルーツ。
今からおよそ800年前に建てられた神社であること。
祀られているのは、「日本武尊」と「弟橘姫尊」のご夫婦であること。
あんなに荒廃していたのは、過去の大火、戦後の混乱が原因だったこと。
調べている中で、昭和25年の収穫が終わった秋祭りの写真とか、昭和10年代初頭に出征兵士の必勝祈願と無事帰還を祈る家族が本堂の前で撮った家族写真とか、貴重な写真を見ることが出来ました。(ネットの力すごい!)
私がお参りしてきた同じ神社で、昔からどれだけの人々がお参りしてきたのだろうと思うと、改めてこの神社の存在の凄さを感じました。
ちなみにですが、神社は今では再建されてすっかり綺麗になってピカピカです!
昔の静けさが嘘のようにお参りの人が押し寄せて、正月や七五三などなど一年中何がしかで大賑わいになっているようですし、結婚式まで挙げられるようになったみたいです。
いつ行っても誰もいなくて私だけがお参りしていた神社が懐かしくて、お参りの人で賑わっている今の神社の様子にちょっぴり寂しくなってみたり、でも、良かったですね〜と思ってみたり。
実家に行く度にこの神社には寄っていますが、次に訪れる時は、過去の歴史を知って今までとまた違った気持ちでお参り出来そうです。



コメント