ねばねば星人からの脱却

エッセイ

私は今はもう自分でも反省せざるを得ないと自覚している程のぐうたらな人間になりましたが(^^;結婚して実家を出て数年間の30代前半の頃の私は、めちゃくちゃ生きにくさを感じていました。

理由はズバリ、私は毒親育ちだからです。

 

私が毒親の母がいる実家で暮らしてきたのは約30年間。

生まれた時から母に少しずつ少しずつ叩き込まれてきた「躾」と言う名の「母が決めた常識」、そしてその数は、いつしか膨大な数になっていました。

それに拍車をかけていたのが、「子供は親の言うことをちゃんと聞くべき」とか「親の言うことを聞けない子供はダメな子」というのが常識とされていた時代だったことです。

そんな世の中の圧力を受けながら、一人っ子の私は子供の頃から「親の言うことをちゃんと聞かねばならない」と我慢して、母が決めた常識やルールに抗う事も出来ないまま、身に染み付いてしまっていたんですよねぇ。

コレはこうするのが常識である。

コレはこうするべき。

コレはこうしなければならない。

ねばならない、ねばならない、ねば、ねば、ねば、ねば・・・

こうして、一般常識なんて通用しない母が勝手に決めた常識に従わされて生きてきた私は、ねばねば星人になってしまっていました。笑

私もねばねば星人になりたくてなったわけではないんですけどね。

赤ん坊の頃から植え付けられてきたことなので、もうそれが他の人からすると「ちょっと変じゃない?」みたいなことでさえ、気付けなくなっていたんですよねぇ。

 

そんなねばねば星人に自分がなっていることに気付けたのは、夫と結婚したからでした。

一番最初に気付いたキッカケとなった出来事は、今でもよく覚えています。

結婚して夫と暮らし始めたばかりの頃、夜の10時頃に夫に「ちょっとコンビニへ行かん?」と言われたんですよ。

その時に私、「えっ?いいの?」って思って、ハッとしたんですよね。

なぜだと思います?

私は母から「学校や仕事から一度帰宅したら、もう家から出なくていい!(出るな!)」と言われて、20代の成人女性なのにふらりとコンビニに行くことさえ許されなかったので、夜に自由に家を出る感覚が分からなかったんです。

でも夫が当たり前のように夜遅くに「コンビニへ行かん?」とサラリと言ったので、「ああ、普通の人は夜に自由に外に出るものなんだな。」と思いつつ、「ああ、そうか。こうやって私はこれから好きな時に好きな所へ自由に行ってもいいんだな~」て気づいたんですよねぇ。

 

で、こんなちょっとしたことで驚いたりして何かと好きに自由に動けないでいる私に、夫が「好きにしたらええよ」と日々言ってくれたおかげで、私は膨大な数の母が決めた常識と言う名の呪縛を「それは別に気にしなくて良いのでは?」「別にやらなくてもイイね。」「私はこれは本当はやりたくないな。」と自分の心で考えて1つ1つ溶きほぐし、自分を許してあげる作業をしていきました。

でも最初の数年間は、どれが母が勝手に決めた常識で一般的には常識ではないのかがなかなか気付くことが出来なくて、ねばねば星人からの脱却のためにかなり時間もかかり、そんな30代前半の頃は、かなり生きにくかったなぁと今でも覚えています。

 

皆さまも、自分以外の誰かが決めた常識に縛られて、ねばねば星人になっていませんか?

ねばねば星人は、自分の首を絞めるだけです。

あ、私ちょっとねばねば星人になっているかも?と思った人がいましたら、しっかり自分の心で考えて、ねばねば星人から脱却をしましょう!

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