【本当にたたかったお嫁さま】その1.出会い

・本当にたたかったお嫁さま

1999年夏、29歳目前の28歳の頃の私は、「もう一生結婚はしないで、1人で生きて行くか。」と心の中で決心しつつあった頃でした。

原因は、毒親である私の母でした。

今でこそ「毒親」とか「モラハラ」とか、そのような言葉や意味もだいぶ周知されるようになってきたと思いますけど、私が実家で暮らしていた20代の頃は、まだ「毒親」と言う言葉も定義も無かった時代でしたので、母の異常とも言える言動の原因も理由も、私には全く分からなかったのです。

なので私は、ひたすら母からの理不尽な言動の攻撃に耐えながら実家で暮らしていました。

でも本当は私、社会人になった段階で社宅で一人暮らしを始めたいと思っていましたし、それ以降も、何度か実家から出ようとしました。

でもその度に、母からの激しい反対と精神的に追い詰められるような妨害にあって、なかなか実家を出ることが出来ませんでした。

それに加えて、これは私自身の問題でしたが、心のどこかで自分の親のことを信じたい気持ちを捨てきれなかったんですよね。

なので、私が母の言うことに従って頑張り続けていたら、いつかきっと両親も私のことを認めてくれて、一人暮らしもちゃんと納得して送り出してもらえる日が来るんじゃないかな、なんて淡い期待を持っていたのです。

いつかきっと…いつかきっと…。

頑張って、頑張って、頑張り続けて。

耐えて、耐えて、耐え続けて。

我慢して、我慢して、我慢し続けて。

そうしているうちに、気付けば私も20代後半になっていて、その頃にはもう、親に対して私が出来る限りのことは全てやり尽くしたな…と感じましたし、心も疲弊しきって、限界だな…と思いました。

そこまで心身共にボロボロになって、やっと

「ああ~…そうか。いくら私が頑張り続けてたって、どんなに我慢し続けたって、あの母が満足して私を認めてくれたり応援してくれたりする日なんて、一生来ないんだな。」

と、悟ったのです。

やれるだけのことをやり尽くしたからこそ、親を信じたい気持ちに諦めがついたと言った感じです。

そして私は思ったのです。

 

家族がいたところで、こんな苦しさと寂しさしかないのなら、私はこの先、結婚はしないで1人で生きていった方がいいだろうな。

そして、両親から離れないと、私はいつまでたっても私として生きることは出来ないから、一刻も早く実家を出よう。

またどんなに母に猛反対されたり邪魔されたりしても、もう私には関係ないや。

 

そこから私は、良さそうな街を調べては、時間がある時に実際にその街へ行って不動産屋巡りをして物件探しをして。

一生1人で生きて行くであろう自分の未来のために、それまで程勤めていた会社を退職し。

1年間の契約の派遣の仕事に切り替えて、日々の時間に余裕を作り。

その余裕が出来た時間で、将来の備えのために幾つかの資格取得の勉強を開始したのでした。

そんな矢先の、ある日のことでした。

人付き合いが決して得意な方ではなかった私は、学生の頃から「初対面の人と会っていきなり楽しく話せないよぉぅ!」と頑なに合コンを断り続け1度も参加してこなかったのに、元職場の後輩に「ダメですよ!なばなさんも来て下さい!( ー`дー´)キリッ」と強制参加を言い渡されて断り切れず、不本意にも人生で初めて合コンに参加する羽目になりまして。

数合わせ要員くらいのつもりで参加した人生初の合コンで、私の隣の席に座ったその人物こそが、夫でした。   ~つづく~

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