これは、夫のお義母さんが他界された時に、親戚から聞いた話です。
頑張ったお義母さん
2014年の春、乳がんと肺への転移が見つかった夫のお義母さんは、抗がん剤治療を頑張った甲斐があって、乳がんも全て消えて自宅での生活に戻っていた時期もあったのですが、その後、脳に腫瘍が見つかりました。
腫瘍自体は治療で綺麗に消えて無事に退院したのですが、めまいの症状があって、精密検査を受けてみてもがんや腫瘍の治療は良好で、原因が分からずじまい。
原因が分からないままめまいが酷くて体を起こすことが出来なくなって、とうとう自宅で生活するのが困難になり、2016年に再び入院となってしまい、最終的に、途中からは緩和ケアのある病院へ移ってお世話になり、2017年の新年に天国に旅立たれました。
人に迷惑をかけたくない一心の気丈なお義母さんだったので、息子夫婦を頼る選択肢はなかったみたいで、最後まで地元を離れることはありませんでした。
そのへんは夫も理解して「オカンのしたいようにしてくれていいと思ってる。」と言っていて、病院の先生との話は夫が高知へ行って対応していましたが、日々の細々とした対応はお義母さんの親戚の皆さん(主に高知の本家の叔母さんと従妹さん)にお任せしていました。
やはり、実の息子と言えど、毎日お見舞いに行けるような距離ではないこと。
私たち夫婦にも暮らしがあるので、惜しみなく往復の飛行機代を捻出出来ない現実。
お義母さんにも、親戚の皆さんにも、申し訳なかったですけどね…
親戚の皆さんがそのへんは理解してくれて「お義母さんのことはこっちで看るきね、心配せんでええき。」と言っていただいたこと、今でも感謝しかありません。
最後までお世話になった親戚の皆さん
2017年1月12日(木)の夜中の3時半、本家の叔母さんから「お義母さんの様態がおかしいからと先生に呼ばれて、今、病院に来ているから。」と電話が入りました。
私達もすぐに病院にかけつけたいところでしたが、飛行機が飛んでいない夜中は実際問題無理なので、朝一番で高知へ出発できるように準備をしていたところ、5時頃に再び電話があり、お義母さんが他界されたと知りました。
そして、どんなに頑張って急いだとしても高知に着くのはお昼頃になってしまう私たちを気遣って
「この後の斎場の手続きとかはこっちでやっておくき、後で斎場が決まったら連絡するきね、あんたらは、斎場の方へ直接来ればええ。」
と言っていただいて、最後まで親戚の方たちにお世話になりました。
そして、私たちが羽田空港に到着した時に本家の従妹さんからスマホに電話がきて、お義母さんが既に斎場へ移動されたことと、斎場の場所を教えてもらい、私たちは高知空港からタクシーで直接斎場に向かったのでした。
お昼頃に到着し、斎場の方に案内されてお義母さんと対面出来た時には、既に祭壇には親戚の方たちによりお花やフルーツなどが飾られた状態になっていました。
お義母さんは眠るように旅立たれたようで、あまりにも穏やかな表情に、夫も私もホッとしたのを今でも覚えています。
親戚の方たちの手続きのおかげで私たちはバタバタと手続きに追われずに済んで、お義母さんとの最後の時間を穏やかに過ごせました。
火葬場の予約が取れたのが2日後とのことで、夫と私はこの斎場に2日間宿泊できるように手続きしていただいていて、親戚の方たちは近所なので夜は帰宅され、昼間は入れ替わりでお義母さんの顔を見に来てくれつつ、私たち夫婦が食事に行く間はお義母さんと一緒にいてくれたりしたのでした。
お義母さんは6人姉妹の末っ子だったのに一番先に天国へ旅立ってしまって、叔母さんたちは最後に末の妹のために頑張ってくれたのだと思います。
本当にありがたかったです。
本家の親戚から聞いた話
このように、私たち夫婦は親戚の方たちのおかげでお義母さんと斎場で穏やかに対面することが出来たわけですが。
斎場に着いて、部屋に案内されて、お義母さんと対面し、やっと少し落ち着いて。
持ってきた礼服などを宿泊する部屋のハンガーラックにかけたり、お数珠を出したりしながら、親戚の方たちと少しお話をしていた時のことです。
本家の叔母さんと従妹さんが「そー言えばよぉ…」と私に話しかけてきました。
なんだろ?と思って2人の顔を見ながら話を聞いていたら
「あんたらのお義母さんが亡くなる1ヶ月くらい前から、なんか変なこと言い出してなぁ…」
「『あの山に、いつも白い人が3人おるねぇ~、ああやっていつもあの人たちが掃除しているから、あの山はあんなに綺麗なんやねぇ~』って窓の外を見ちゅうけんど、私らには見えんのよ。」
思わず「白い人・・・ですか?」と私が聞くと
「そうそう、いつも『また白い人が3人いるろ?』『ほら、あそこ~』って何度も言いよったけんど…」
「山って言ったってねぇ、遠くに五台山が見えるけんど、そんな人がいたって見えるような距離じゃないきねぇ。」
「一応、よーく見てみちょったけんど、当たり前やけんど全然見えんのよぉ。そいでも『今日も白い人が3人見えるねぇ』って笑っちょって。」
そこでふとした疑問が頭に浮かんで「それは、もしかして、脳腫瘍の影響が出てしまって、幻覚が見えていたとかではないですか?」と聞いてみたところ
「ううん、違う。」
「普段は最後まで普通にしっかり受け答えして話てたきねぇ。それでもキッパリ『3人の白い人がいる』って言うがよぉ。」
「もしかして死神とかなんやろかって、怖かったのよぉ~~~」
と。
きっと天使だと思う
何だろう?白い人って。
でも、お義母さんのためにあれだけ協力してくれていた親戚が、今まさにお義母さんとのお別れの場である斎場で、冗談でそんな話をするとは思えませんでした。
したがって、私はすぐに本当の話なんだなと思いました。
そして、意識がもうろうとした中でうわごとのようにお義母さんが言っていたのではなく、最後まで普通に受け答えしていたと知って、これもきっと、お義母さんには本当に見えていたんだろうなと思うのです。
以前、YouTube動画か何かで、人は亡くなる前に黒い人が見えるらしい、みたいな怪談話を聞いたことがあります。
そして、黒い人は死神なのではないかとも言っていました。
だとしたら。
お義母さんが見えていたのは、黒い人ではなく白い人たち。
山を、自然を、いつも綺麗に掃除している3人の白い人たち。
死神ではなく天使なのではないかと思うのです。
それを見ることが出来たのは、お義母さんが人生を頑張って生きてきた証ではないかと、今はそんなふうに思っている私です。
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